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斎藤芳盛
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社会の中に身を投じた竜次の前には、数々の試練が待ち受けていた。就職先の佐伯公務店は従業員10人程度の小さな会社だった。社長の佐伯重則は従業員の面倒見もよく、「おやじさん」とよばれ慕われていた。竜次と親ほど歳が離れた社員が多く、竜次はその環境に慣れるまで苦しんだ。頑固一徹な職人が集まる職場だけに、叱る前にゲンコツが飛ぶような厳しい上下関係が成り立っていた。

竜次が職に就き、半年が過ぎた。ある程度の専門用語、職人用語が分かるようになった頃だった。その日は、井ノ口市から東に20キロほど離れた美濃加茂市の現場。伊原という先輩従業員と竜次2人で現場へ向かう。仕事内容は新設される公民館の基礎づくり。竜次は、伊原の指示に従い黙々と仕事をこなした。現場は、他の土木業者、鉄骨業者3社共同の仕事だった。佐伯公務店に任された仕事が遅れると、他の業者の仕事にも影響してしまう。その為、伊原もいつも以上にピリピリとしていた。

当時、職人の世界は気が短く、喧嘩っ早い人が特に多かった。一つの仕事に誇りを持ち、頑固を一生貫く人種を職人と呼んだ。一日の仕事も終わりかけたその時に事件は起きた。竜次が工具の片付けをし、会社へ帰る準備をしているると、伊原が不思議そうな表情を浮かべ今日の仕事に目をやる。トラックに残った材料を乗せていた竜次を伊原が呼んだ。

「おい!!竜次!!!」
「はい!」

竜次はとっさに振り向き返事をすると、いつもに無い伊原の表情に胸騒ぎをおぼえた。伊原の方へ駆け足で近
づく。伊原は確かめるように竜次に言った。
「この土台、甘くねえか?」
竜次はわけも分からず、キョトンとした表情で伊原の顔を見つめた。すると伊原は続けて言った。
「セメントの配合確かか?分量確かめてやったか?」
竜次は一枚の紙を伊原に見せ、自信のない声で、
「この配合表見ながら混ぜたので間違いないと思います・・・」
っと言うか言わないかの間に・・・

ばしっ!!!! バシ!! ばし!! ばしシっ!!!・・・・・・・

おっ!おおぉぉぉっ!!

竜次は反射的に大きな奇声をあげた。何が起きたのか分からなかった。とにかく短い間にたくさんのコブシ大の硬くて、痛い衝撃が顔面を襲った事は確かだった。伊原は竜次を無数に殴ったのだ。倒れ込んだ竜次に向かって伊原は怒鳴った!

「おまえ!!!この配合表は外壁の配合表だ!!!土台じゃねーよ!これじゃあ一日の作業が無駄になっちまったじゃね~かぁ!!!どおするんだよ!!!」

竜次は、口の中が切れて血の味が広がり喋れなくなっており、伊原に返せる言葉もなかった。伊原は無言のまま、現場を仕切っている組長へ謝罪に行く。しばらくたって戻ってきた伊原の顔を見ると、目が腫れ、口からは血が出ていた。伊原もまた、組長からこっぴどくヤラれたのだった。それから伊原は市街までトラックを走らせ赤電話(公衆電話)がある場所まで行き、電話で社長に現場であったことを報告した。その間、竜次は今日一日で作った建物の基礎をハンマーで壊していった。伊原が現場に戻ってからセメントを練り直し、始めから仕事をやり直したのだった。竜次は思った。こてんぱんに伊原に殴られ伊原に対し殺意さえ覚えたものの、伊原の仕事をみるとキレイですこぶる早い!いつしか、伊原を尊敬するようになっていた。

すべての仕事をやり終えたのは夜中の2時を回っていた。それから井口市の会社に着いたのは3時近かった。会社に着くと、まだ明りがついている。すると、社長が作業服姿で玄関から出てきた。社長は2人の帰りを家に戻らず待っていたのだ。社長が2人に近づき言った。

「ご苦労さん!大変やったな。えらかったやろうな!」 
※【えらかった】東海地方の方言で疲れたという意味。

「竜次!仕事は真心込めてやらんとな!いいか。この事を忘れるなよ!」

社長は2人の肩を、ポン!ポン!と叩き、それ以上何も言わなかった。社長の言葉が胸に刺さった。今日の悪夢のような一日を思い出していた。出だしは上手くいっているかのように思えた。しかし、6ヶ月働くなかで仕事を覚えたような気になり、竜次の心の隙間に過信があった。つまり、調子にのっていたのだ。そんな自分が情けなかった。自分の仕事で、伊原や社長、現場の業者にも迷惑をかけてしまった。あとで聞いた話しだが、伊原が電話で社長に報告をした際、後輩を守れなかったという理由で厳しく叱咤されたようだ。それだけでなく、社長は現場に入る業者や以来主のところへ行き、頭を下げた。


この時、竜次は誓った。

この悔しさを絶対に忘れない!

そして、『日本一の職人になってやる!!!』と心の中で吼えた!

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